大判例

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東京高等裁判所 平成2年(ネ)3555号 判決 1992年7月21日

東京都足立区西新井六丁目一六番二二号

控訴人

秋山勝司

同所

控訴人

秋山シノ

同所

控訴人

秋山雅俊

同所

控訴人

秋山守由

神奈川県横浜市戸塚区舞岡町三五九六番地一

ネオコーポ戸塚舞岡二一八号

控訴人

小山君恵

千葉県野田市二ツ塚四六一番地二七

控訴人

秋山勝光

東京都八王子市山田町一五三四番地一五

控訴人

時田和恵

東京都日野市多摩平五丁目三番九号

控訴人

小沢静代

東京都練馬区西大泉一丁目三二番六号

控訴人

苅部知子

千葉県市川市菅野六丁目一七番七号

控訴人

樋口三郎

右控訴人ら訴訟代理人弁護士

高村一木

東京都葛飾区宝町二丁目三四番一一号

被控訴人

アキヤマ印刷機製造株式会社

右代表者代表取締役

小嶌泰隆

右訴訟代理人弁護士

増岡章三

三宅省三

今井健夫

池田靖

對崎俊一

桑島英美

増岡研介

矢嶋高慶

竹村葉子

右輔佐人弁理士

荒垣恒輝

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

一  控訴人らは、「原判決を取り消す。被控訴人は、控訴人らに対し、それぞれ金二七〇〇万円及びこれに対する昭和六三年三月一六日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴人は主文同旨の判決を求めた。

二  当事者双方の主張は、次のとおり付加・訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決六枚目表六行目の「この」から同裏三行目の「である。」までを「本件発明における渡し胴は、その構成の目的が二組の印刷ユニット間を一本の渡し胴で連結し、ユニット間の作業に十分な間隔を与えるため各ゴム胴間の距離を十分広くとるという点に存するところ、本件明細書記載の従来例と対比しても明らかなとおり、右目的達成のために、渡し胴の直径は版胴・ゴム胴の直径の少なくとも三倍はなければならないとする構成として創出されたものであることは当業者にとって自明のものとして理解されること、本件明細書の発明の詳細な説明に渡し胴は版胴・ゴム胴直径の『三倍直径をもつ』と記載されているとしても、渡し胴の直径を版胴・ゴム胴の直径の四倍にする設計は無駄とはいえ必ずしも選択し得ないとまではいえないというのが印刷機械技術者の常識であること及び本件特許請求の範囲の記載において、圧胴については『三倍直径』と表現されているのに対し、渡し胴については『両圧胴間に同様構造をもつ』と表現され、『三倍直径』という直接的表現が用いられていないことからすると、本件発明における『同様構造をもつ』の技術的意義は『版胴・ゴム胴の直径の少なくとも三倍の直径をもつ』と解すべきである。」と改める。

2  原判決六枚目裏末行の「しかしながら、」から七枚目表五行目の「すべきである。」までを「ところで、本件発明において、二本のゴム胴の接点間の圧胴周面距離が小さいという欠陥解消の作用効果は圧胴上のゴム胴間の距離AとA"についていえることであって、渡し胴上のゴム胴間の距離A'は、ゴム胴の接点間の圧胴周面距離と直接の関係はなく、むしろ必要な作業空間が広く確保できたという作用効果をもたらすものと理解すべきであること、圧胴上のゴム胴間の距離A、A"については、『共通の圧胴に接する二本のゴム胴の接点間の圧胴周面距離は、ゴム胴転写面の円周方向全長より長くとること』という構成要件Cとの関連で、その距離はきっちりとした長さであることが要求されるのに対し、渡し胴上のゴム胴間の距離A'は、作業空間の確保のための距離であるからある程度の範囲内は伸縮可能であること及び渡し胴上のゴム胴間距離は、胴径が変われば変わるし、渡し胴の中心を二本の圧胴の中心を結ぶ線に近づけたり遠ざけたりして大きくも小さくも容易に変えることができるものであることからしても、ゴム胴間の距離A、A"の技術的意味とゴム胴間の距離A'の技術的意味は明らかに違うのである。したがって、本件発明にいう「全ての版胴及びゴム胴が同間隔」というのは、版胴及びゴム胴の間隔が圧胴上のものは正に同間隔であるが、渡し胴上のものは『ほぼ同間隔』と解すべきである。」と改める。

3  原判決七枚目表六行目の「圧胴上のそれより」の次に「若干」を加える。

4  原判決八枚目表一二行目の「3(二)は知らない。」を「3(二)は認める。」と、同一三行目の「5(二)は否認する。」を「5(二)は認める。」とそれぞれ改める。

5  原判決九枚目裏六行目と八行目の「原告」をいずれも「原告ら」と訂正する。

6  原判決一〇枚目表五行目の「渡し胴」から七行目の「理由により、」までを削除する。

7  原判決一一枚目表一行目の「一つの」から二行目の「すなわち、」までを「被控訴人製品が本件発明と同一の作用効果を奏するかどうかを考える場合に対比の基礎となる被控訴人製品の構成は、本件発明の構成と対応関係にある構成だけであり、それ以外に被控訴人製品に別個に付加された構成に基づく作用効果が右比較の対象にならないことはいうまでもない。しかして、被控訴人製品が渡し胴を四倍胴にしたこと、ゴム胴間の間隔を圧胴上と渡し胴上とで若干変えたことが本件発明の構成に対応する構成であり、一つの版胴を刷版交換位置で停止させると他の全ての版胴も刷版交換位置で停止する構造、すなわち版胴の刷版交換位置の位相合わせ構造は本件発明の構成に対応する構成ではなく、付加的構成にすぎない。そして、被控訴人製品は、渡し胴を四倍胴にし、ゴム胴間の間隔を圧胴上と渡し胴上とで若干変えた構成によって本件発明と同様の作用効果を奏するのであるから、本件発明と被控訴人製品の作用効果に何ら差異はない。本件発明の構成要件Bにおいて渡し胴が版胴・ゴム胴の三倍直径であり、構成要件Dにおいて全ての版胴・ゴム胴が同間隔に配置した構成では、一つの版胴を刷版交換位置で停止させると他の全ての版胴も刷版交換位置で停止するという作用効果を奏しないことは認める。しかし、」と改める。

三  証拠関係は、本件記録中の書証目録・証人等目録記載のとおりである。

理由

一  控訴人らは本件特許権を共有していたこと(持分各一〇分の一)、本件明細書の特許請求の範囲の記載は本件公報の該当項記載のとおりであること、本件発明は請求原因3(一)のとおりの構成要件からなるものであり、同3(二)の作用効果を奏すること、被控訴人は被控訴人製品を製造販売していること及び被控訴人製品は請求原因5(一)のとおりの構造からなるものであり、同5(二)の作用効果を奏することは、当事者間に争いがない。

二  そこで、被控訴人製品が本件発明の技術的範囲に属するか否かについて判断する。

1  まず、本件発明と被控訴人製品との構成について対比検討する。

(一)  被控訴人製品の構造a、c及びeが本件発明の構成要件A、C及びEを充足することは明らかであり、この点は被控訴人も争っていない。

(二)  当裁判所も、被控訴人製品は本件発明の構成要件B及びDを充足しないものと判断するが、その理由は、次のとおり訂正するほか、原判決一二枚目表七行目から一五枚目裏一一行目までと同一であるから、これを引用する。

(1) 原判決一四枚目表一行目の「異にするもの」を「異にするものと」と改める。

(2) 原判決一四枚目裏末行の「ほかははなく」を「ほかはなく」と改める。

(3) 原判決一五枚目表一一行目の「渡し胴の構成」から同一二行目の「により、」までを「二本のゴム胴の接点間の圧胴周面距離が小さいという欠陥解消の作用効果は圧胴上のゴム胴間の距離についていえることであって、渡し胴上のゴム胴間の距離については右圧胴周面距離と直接の関係はないこと、圧胴上のゴム胴間の距離はきっちりとした長さであることが要求されるが、渡し胴上のゴム胴間の距離は作業空間の確保のためのものであるから、ある程度の範囲内は伸縮可能であることなどを理由として、」と改める。

(三)  右のとおり、被控訴人製品は本件発明とはその構成を異にするものであり、これに反する控訴人秋山勝司本人の供述は採用できない。

また、渡し胴の直径を版胴・ゴム胴の四倍とすることを選択し得ないものではない旨の控訴人ら主張の印刷機械技術者の常識なるものが存在するとしても、そのことが、本件発明の構成要件Bを控訴人ら主張のように解すべき根拠となるものでもない。

2  原判決一五枚目裏一二行目から一七枚目裏三行目までを次のように改める。

控訴人らは、仮定的に、被控訴人製品は本件発明と均等のものであって、本件発明の技術的範囲に属する旨主張するので、この点について検討する。

(一)  本件発明及び被控訴人製品が、同一の内容である請求原因3(二)、同5(二)の各作用効果をそれぞれ奏することは前記一のとおりである。

しかし、被控訴人製品は、一つの版胴を刷版交換位置で停止すると他の全ての版胴も刷版交換位置で停止するという作用効果を奏するものである(このことは当事者間に争いがない。以下、右作用効果を「位相合わせの作用効果」といい、右作用効果を奏する構造を「位相合わせの構造」という。)のに対し、本件発明の構成要件Bにおいて渡し胴が版胴・ゴム胴の三倍直径であり、構成要件Dにおいて全ての版胴・ゴム胴が同間隔で配置されている構成では位相合わせの作用効果を奏しないことは控訴人らも認めるところであり、本件発明の構成要件B及びDが右の構成に限られるものと解すべきであることは、前記1において認定したとおりである。

ところで、仮に、控訴人らのいう均等の理論が、特許権侵害訴訟において採用できる理論であるとしても、右のとおり、本件発明と被控訴人製品とは、その作用効果において異なるものがあり、同一の作用効果を奏するものではないのであるから、被控訴人製品は本件発明と均等である旨の控訴人らの主張はその前提を欠くものであって、理由がないといわざるを得ない。

(二)  右の点に関連して、控訴人らは、被控訴人製品が本件発明と同一の作用効果を奏するかどうかを考える場合に対比の基礎となる被控訴人製品の構成は、本件発明の構成と対応関係にある構成であり、それ以外に被控訴人製品に別個に付加された構成に基づく作用効果は右比較の対象とならないとしたうえ、位相合わせ構造は本件発明の構成に対応する構成ではなく、付加的構成にすぎず、被控訴人製品の渡し胴を四倍胴にし、ゴム胴間の間隔を圧胴上と渡し胴上とで若干変えた構成が本件発明の構成に対応する構成であり、右構成によって、本件発明と同様の作用効果を奏するのであるから、本件発明と被控訴人製品の作用効果は同一である旨主張する。

しかし、被控訴人製品における、「印刷ユニットを二組並置して、両圧胴間に版胴・ゴム胴の四倍直径をもつ渡し胴を介在させる胴配列となしている」構造b、「全てのゴム胴及び全ての版胴の高さはそれぞれ同じで、各版胴間の間隔は等しく、各ゴム胴間の間隔は、圧胴上は同間隔、渡し胴上はそれより若干長く、また、ゴム胴の間隔は、版胴間の間隔に比べ、圧胴上では若干小さく、渡し胴上では若干大きくなるように配置した」構造dは、それぞれ本件発明の構成要件B、Dに対応するものであり、被控訴人製品は、右各構造により位相合わせの作用効果を奏していると認められるから、位相合わせ構造が本件発明の構成に対応しない別個の付加的構成であるとすることはできず、したがって、本件発明と被控訴人製品との作用効果の同一性の有無を考える場合に、位相合わせの作用効果を対比の対象から除外すべき理由もないから、控訴人らの右主張は採用できない。

また、控訴人らは、版胴の刷版交換位置の位相を合わせる技術は本件発明の特許出願前からの周知技術であって、本件発明の実施例である三倍胴の場合、ゴム胴の位置、渡し胴の上下位置をごく僅かずらすだけで設計することができるから、被控訴人製品の位相合わせ構造は、本件発明の単なる設計事項あるいは周知技術の付加にすぎない旨主張する。

しかし、前記のとおり、被控訴人製品における構造b及びdは、本件発明における構成要件B及びDにそれぞれ対応するが、被控訴人製品は、構成要件B及びDと構成が異なる構造b及びdを有することによって、本件発明が奏し得ない位相合わせの作用効果を奏するものであるところ、オフセット印刷機の胴配列において、渡し胴の直径を被控訴人製品の構造bのようにし、ゴム胴及び版胴の配列を構造dのように構成したものが、本件発明の特許出願当時、当業者にとって周知のものであって、適宜採用し得る程度の技術手段であったことを認め得る証拠はないから、被控訴人製品における位相合わせ構造が本件発明の単なる設計事項あるいは周知技術の付加にすぎないとはいえず、控訴人らの右主張も採用できない。

なお、成立に争いのない甲第一七号証には、等径の版胴、ゴム胴及び圧胴で形成される印刷ユニット四個と圧胴の約二倍直径の転送シリンダー三個の胴配列からなるオフセット印刷機の位相合わせ構造が開示されていることが認められるが、同号証には、被控訴人製品と同様の構成の位相合わせ構造はもとより、胴配列の態様に応じた位相合わせ構造を得る技術ないし手法が開示されているわけではないから、同号証は控訴人らの前記主張を裏付けるものではない。

3  以上のとおりであって、被控訴人製品は本件発明の技術的範囲に属さないものというべきである。

三  よって、控訴人らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなくいずれも理由がないから、これを棄却した原判決は相当であり、本件控訴はいずれも理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 濵崎浩一 裁判官 田中信義)

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